作品紹介:ジャングルベル・シアター「リヒテンゲールからの招待状」
※この記事は2016年12月に終演した舞台「リヒテンゲールからの招待状」の作品紹介&レビュー記事です。文章の中に多少のネタバレを含みますのであらかじめご了承ください。
ジャングルベル・シアター2016年冬公演 『リヒテンゲールからの招待状』
日時:2016年12月8日(木)~2016年12月13日(火)
劇場:中野 劇場MOMO
▽ あらすじ
リヒテンゲールからの招待状
望月歩のもとに届いた一通のはがき。
それは、18年ぶりの同窓会の招待状。
都会での暮らしの疲れを振りはらうように
訪れた故郷の図書館
そこでまっていたのは、懐かしい同級生…!?
…なぜあの時、最後まで読まなかったんだろう…
キャスト
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「リヒテンゲールからの招待状」
リヒテンゲール …浅野泰徳
ヘルマン …垣雅之 (株式会社フラッシュアップ)
フィンチ …升田智美
ノエル …斉藤有希 (@emotion)
ドライファッフェル …國崎馨
トルトューガ …青木清四郎(カプセル兵団)
アラーニャ …宮本京佳
ブルッハ …大塚大作
ハバリ …本多照長
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▽イントロダクション
みなさんは小さい頃、どのような子供でしたか?
給食をたくさん食べる子、休み時間に外で駆け回る子、習い事に一生懸命だった子。
この物語は、図書室で、図書館で、本の世界に飛び込んで、夢中でページをめくっていた貴方へと贈りたい物語です。
同時に、「現代」を精一杯生きているあなたへ。
そっと寄り添うように、そっと励ますように、きっとこの物語は貴方へ。
貴方にとって「生きていくための灯台」は、心の中にありますか?
▽作品概要
1995年より脚本・演出である浅野泰徳さんの『演劇ではなく、物語の世界を届けたい』という主旨のもと活動を続け、「ノスタルジック・ファンタジー」の上演を続ける、ジャングルベル・シアターの2016年冬公演『リヒテンゲールからの招待状』。
本作品は、浅野泰徳さん曰く「つらい出来事があり、大事な芝居や劇団を全て終わらせようと真剣に思った時、ふいに、自分の中から、溢れ出るようにして、生まれてきた作品」であり、「誰か」に向けた作品ではなく初めて自分の為に書いた作品だったそうです。
さらにこれまでの劇団の作品をシリーズに分けるならば、本作品は「児童文学シリーズ」にあたり、小学校高学年の子供たちにみて欲しい作品であるといいます。しかし、私としてはそれ以上に「現代を生きる大人たち」にこそ観て欲しい作品であると断言します。
本作品の主人公「望月 歩(もちづき あゆむ)」は、学習教材の訪問販売・営業を職としていたが成績が奮わず、会社をクビになってしまい、同時に彼女にも振られるという不幸に見舞われます。そしてこの先、どうしていけばいいのか、道を見失いわからなくなってしまう。
毎日満員電車に揺られながら出社し、仕事に励むも報われず、それでも誰にも悟られないように笑顔をつくって、明るく振る舞って、頑張って、それでも拒否されて上手くいかなくて。
「とにかく、色んな事が苦しくて、何をやっていいのか、何をやっているのか解んなくなって…生きる、という事にすごく疲れていた時でした。消えたいな…生まれて初めてそう思いました。」(「リヒテンゲールからの招待状」上演台本より抜粋)
そこに、一通の葉書が主人公のもとへ届きます。それは、故郷の図書館で開催されるという同窓会のお知らせでした。主人公は同窓会への参加を決め、何故か読みかけのまま18年返し忘れていた本と共に久々に帰郷します。
図書館で行われるという不思議な同窓会で、主人公を待ち受けていたのは幼い頃夢中になって読み耽ったファンタジーの世界でした。いつの間にか主人公は本の世界へと迷い込んでしまうのです。
迷い込んだ「本」の世界。この本の中の主人公は「リヒテンゲール」というネズミです。このリヒテンゲールは、腕っぷしが強いわけでも、特別な魔法が使えるわけでもありません。ただ一つ、彼が誇れる武器は「人の言う事をなんでも信じて、絶対に嘘をつかない」ことでした。
リヒテンゲールとその仲間たちと行動を共にしていく中で、主人公「望月 歩」は何故1大好きだったシリーズのの最終巻であるこの本を最後まで読み切ることが出来ず、18年もの間返すことが出来なかったのか?そして、何故本の世界に迷い込んでしまったのかを知っていくこととなります。
児童文学シリーズ、ということだけありどこか懐かしいようなファンタジーの世界観、イノシシやクモ、ヤマネコにカメと個性豊かなキャラクター達、そして随所に挟まれる軽快な笑いどころが魅力の本作品ですが、やはり主人公「望月 歩」と本の中の主人公「リヒテンゲール」、両者の関係から織り成される児童文学らしい示唆に富んだ物語を語るべきであると思います。
※以下、劇中のセリフ引用などネタバレを含みます。
▽「望月 歩」と「リヒテンゲール」
人に嘘をつくことが出来ない、真っ直ぐで正直者のリヒテンゲールに、望月歩くんは幼少期、どこか自分と似たものを感じていたといいます。しかし、一緒に冒険を続けていくうちに、どんな苛烈な冒険の中でも平然と人に優しくしてあげられるリヒテンゲールに気づき、「ちっとも似ていない」と独白をします。
本の中の「冒険」とはきっと、私たちにとって「人生」や「大人として生きていくこと」。
「昨日、僕は足をくじきました。たったそれだけの事だけど、それでも歩き続けなければならないのが冒険で…。」(「リヒテンゲールからの招待状」上演台本より抜粋)
その中で、人に優しくしてあげることが出来るというのは紛れもない「強さ」です。
「生きること」に疲れてしまった望月くんにとって、リヒテンゲールの強さは、確かに今の自分自身が持ち合わせていないものに感じたのかもしれません。
しかし、このリヒテンゲールというネズミは望月くんと全く無関係という訳ではなく、「リヒテンゲールからの招待状」という作品の中で、望月歩の幼少期の姿という一面を担っているのではないかと思うのです。
そして物語終盤、なぜ望月くんが本の世界へと迷い込んでしまったのかが明かされていく重要なシーンで、リヒテンゲールが放つ印象的なセリフがあります。
「あなたが…すごく苦しんでらしたから…無理をして…すごく…すごく辛そうにしてらしたから…あなたがあなたのままで生きるという事は、辛いことの方が多いかもしれません。まっすぐであればあるほど苦しくて…正直であればあるほど報われなくて…どんなに愛しても愛されなくて…あがいて…もがいて…苦しんで…それでも上手くいかなくて…悲しい思いをすることの方が…偽って生きるより、ずっと多いかもしれません。それでもどうか…どうか変わらずにいてください。僕はそんなあなたのことが…大好きです!」(「リヒテンゲールからの招待状」上演台本より引用、引用者が一部改訂)
もしこのセリフが、幼少期の自分から、現代を生きる自分へと発せられたものだとしたら、どんなに苦しく、情けないことだろう。あの頃の自分・そして思い描いていた未来と、今を生きていくことの苦しさのギャップに悶え、苦しんでいる望月くんにとってどれほど。
このセリフが、作品を通じて客席にも染み込んでいきます。まるで望月くんを通じて観客自身が、私自身が幼少期の自分と対話しているような、そんな感覚にさえ陥ります。
詰まる所、主人公に対して、誰も彼もが自己を投影してしまう。幼少期、本が好きだった人ならなおさらです。生きることに苦しみ、悶えて、どうすればいいのか、どこへ向かえばいいか、どこに行くことが出来るのか、わからなくなってしまう。そんな経験が誰しも一度や二度はあるのではないでしょうか。
その中で、なにを心の支えにして生きていくか。真っ暗闇の中で、生きていくための灯台を、どこに持つか。
この主人公は「本の世界」でした。忘れてしまった、あの頃の正直で真っ直ぐな気持ち。そのことを、この物語を通じて思い出していくのです。
そして生きるための灯台である「物語」の登場人物たちが、絶えずそばにいて、主人公にエールをおくっている。それを、どうか忘れないでいてほしいと。
この作品を通じて、誰もが少し苦しく、だけれども前を向いて真っ直 ぐ歩いて行こう。 そんな気持ちになることでしょう。
「リヒテンゲールからの招待状」という作品は、あの頃のあなたから、現在を生きるあなたへ、そしてあの頃夢中になっていたものからあなたへと。エールと共に、何かを語りかけてくれる、そんな素敵な作品です。
▽おわりに
本記事は観劇からおよそ8ヶ月を経て書かれています。「鉄は熱いうちに打て」との言葉もありますように、お芝居という性質上、時間を空け過ぎての感想等はいかがなものだろうか。との思いもありましたが、観劇当初の感想が比較的しっかり残っていたこともあり、文章作成に至りました。
書き直しのキッカケは大学の課題の一環でしたが、書いてる最中に何度も思い出して目頭が熱くなりました。本当にいい作品だと思いますので、是非DVDでもみなさんに観て頂きたく思います。
2017年9月8日現在、「リヒテンゲールからの招待状」のDVDが鋭意制作中となっており、完成次第、劇団HPでの購入が可能になるようです。素敵な作品なので是非お手にとって観ていただきたいな、と思います。
ジャングルベル・シアターさんHPはこちら↓
*1:ジャングルベル・シアター 2016年冬公演特別ページより抜粋
リヒテンゲールからの招待状 - DOGのBLUES/リヒテンゲールからの招待状
*2:ジャングルベル・シアター 2016年冬公演特別ページより抜粋