金魚鉢

舞台演劇の話。

体験する物語の”視点”。/ムケイチョウコク「漂流する万華鏡」

 

※この記事は2023年10月より開幕しているイマーシブシアター「漂流する万華鏡」の作品紹介&体験感の深掘り?記事です。こちらの記事にには上演内容のネタバレとなるような記述はございませんが、周辺などには触れておりますので「何の情報も入れたくない!」といった方は閲覧を控えることをオススメいたします。

 

 公演概要

公演名
ムケイチョウコク『漂流する万華鏡』

構成:今井夢子

ムーブメント:美木マサオ

演出:ムケイチョウコク(美木マサオ/今井夢子/内山智絵)& all cast

場所

古民家カフェ蓮月

〒146-0082 東京都大田区池上2-20-11

 

公演日程

2023年

◆10月公演

 7日(土)*/  8日(日)*   

 *上記のの2公演はトライアル公演

 14日(土) / 15日(日) 

 20日(金) /  21日(土) /  22日(日) 

 27日(金) /  28日(土) /  29日(日)


◆11月公演

 3日(金)   /   4日(土)   /   5日(日)

 10日(金) /  11日(土)  / 12日(日)

 17日(金) /  18日(土) /  19日(日)

 

あらすじ

時は現代。歴史街。

ここは万華鏡作家の所有する古民家カフェ。


芸術家や一風変わった趣味を持つ人々がサロンに集う、2階の座敷。

策略乱れる親族会議が秘密裏に行われる、1階喫茶室。

そして「アトリエ」と呼ばれる、中を覗くことの許されない奥座敷

3つの空間を渡るのは、死か生か美か醜か、それとも孤独か、欲か。


見てはいけないものを覗き込んだとき。

決して再び現れることのない万華鏡の模様のように、

一瞬の心模様が回り始める。

( 公式サイトより引用)

 

 

2023年10月7日。

ムケイチョウコクさんのイマーシブシアター

「漂流する万華鏡」を登場人物チケットで体験してまいりました!

 

この記事は、漂流する万華鏡そのものの感想や記録、というよりかは「イマーシブシアター」の楽しみ方がイマイチわからん!ってモヤモヤなってた私がイマーシブシアターを楽しむ視点を見つけたよ、という大枠の話を勝手に展開する記事になってます。

 

ので、ネタバレはほぼないと思います。

イマーシブシアターの捉え方を完全に齟齬ってたな~、という恥ずかしい振り返り記事です。

 

イマーシブシアターってなんぞ?

確かにわたしも楽しみ方があんまりわかってないかも…

ムケチョの登場人物をはじめてやるんだけど、なんとなく参考になるものが読みたいよ

貴様がなにを考えてるか暇つぶしに読んでやろう

 

こんな方(そんな人がいるのか?)の目に届いたらもしかしたらいいかもなぁ思っております。

 

すべて、※個人の感想です。の注釈がつく点、

悪しからずご了承くださいませ!

 

”イマーシブシアター”という演劇体験。

さて、本題の前に漂流する万華鏡の参加に至った背景を少々。

 

もともと演劇やマーダーミステリーはよく足を運んでいたのですが、イマーシブシアターは漂流する万華鏡を含め2回しか体験したことがなく、最初の体験では正直「これは楽しみ方がわからないな…?」と、体験に対しての持つべき視点が見つからなかった、という感じで終わってしまい、心残りがありました。

 

そんな中で、「漂流する万華鏡」に参加を決めさせていただいたのですが、その理由は2点で、

①仲良くしてくださっているフォロワーさん数人が前作「反転するエンドロール」に参加されて作品を評価されていたこと

②拝見したことのある演者さんが多く、特に市川真也さんのお芝居をもっと見たいな、と感じたこと

でした。

 

特に②の理由が強く、「迷宮の孤島」では内山さんを、「どうぞどうぞ、お先にどうぞ」では佐野さんを、そして「誰が聖女を殺したか」ではAGATAさんと市川さんを拝見していて、どの方も素敵な俳優さんだったので安心感を持ってチケットを予約させていただきました。

 

そんな中で迎えた10月7日。

登場人物チケットで、「漂流する万華鏡」の世界を体験しました。

 

初めての「登場人物」を終えた後でも、やっぱり少しモヤモヤしたような感覚があって、手放しに「面白かった!」と思えない部分があって。

 

それは、物語世界と肌が合わなかったとか、そういう部分ではなくもっと根幹の、やっぱり「私自身の視点の定め方」が間違っているような感覚がずっとあったんですね。

 

で、それがなんなんだろう、と考えに考え3日が経過し、ふと結論に至りました。

 

イマーシブシアターは、観劇体験なんだ!と。

 

これがですね、すごくわかりやすくお伝えできるか非常に自信がないんですが、そのまま説明すると、私の中で「観劇」と「マーダーミステリー(ストーリープレイング)」は全く異なる体験に位置していて、イマーシブシアターをどちらかというと「マーダーミステリー」側の体験だと認識して参加していたことがモヤモヤの原因だった、という感じでした。

 

もっと具体的にいうのであれば、「観劇」は目の前で展開されていく物語を受け止め、咀嚼する受動的な側面の強い体験で、「マーダーミステリー」は自身で物語の行く末に意志を介入させていく、能動的な側面の強い体験だ、という風に捉えていて、「イマーシブシアター」をマーダーミステリー側の視点で楽しもうとしていた、というのが間違いだった、というのに気付いたんです。

 

つまり、「イマーシブシアター」は自身が(役として)物語に存在する、キャストとのコミュニケーションが取れるがゆえに、何かしら「私の意志が物語の行く末にに掬いとられてほしい」という感覚がどこかであった、という…ね…

 

だから、「この物語全体における私たちの意味って、いったい何だったんだろう?」という感覚が過去体験したイマーシブシアターではあったし、今回の漂流する万華鏡でも最初はちょっと似たような感覚があったのが、なんかしっくりきてなかった原因だったのかなと。

 

冷静に考えて「そんなわけなくない?」って感じなんですけど、マーダーミステリーやりすぎると絶対陥ると思うの、この感覚………だれかそうだねっていって………

 

一転、イマーシブシアターが「観劇体験だ」と理解すると、「登場人物」として果たすべき振る舞いが見えてきたような気がしていて。

 

私は常々、「演劇」の最低要件は役者と客だ、という思想を持っていて(詳しくはコチラの記事をご覧ください。青臭くて自分ではもう読めません)、お笑いライブに通っていた経験からも、客席の反応が壇上に掬いあげられて、相乗効果的に舞台を作り上げているよね、役者の芝居を乗せていくのは客席の責任もあるよね、という過激思想を持っており。

 

だからこそ、ムケイチョウコクの「イマーシブシアター」で、登場人物の皆さんが果たすべき役割って、この「演劇における観客」の要素を色濃く抽出したものになるんじゃないか、と思い至ったわけですね。

 

つまり、この「漂流する万華鏡」という物語世界において、キャストの演じる役が向かってゆく不変の結末があって。その結末へ、役が、そしてキャストの方がしっかり向かっていけるように、「登場人物」は客席よりも近い場所でその歩みに寄り添い、時に導くような気持ちで、役を受け止め、そしてまた役に手渡していく、というような。

 

その道程で、きっとただ外側から見るだけではない「私」に向けられた感情や、それに対して覚える気持ち、その感情に向き合うことがムケイチョウコク特有の「登場人物としての演劇体験」なのではないかなと、今は理解しています。

 

一方で、ムケイチョウコクの「傍観者(黒子)」に関しても世界を構築する1つのピースになっている側面があるので、やはりこれも機能として「シームレス」な演劇体験になっているんだなぁと。

 

固定席から、物語を1つの視点から線で体験する「演劇」。

ボーダレスに、物語をいろんな視点から点で体験できる「イマーシブシアター」。

 

どちらでも、物語を体験するという事実自体は変わりませんし、固定席での「演劇」も自身の想像力でどこまでも「没入」していけるけれど、機能的によりその手助けをしているのが「イマーシブシアター」(というかムケイチョウコクさん)なんだな~と勝手に腑落ちしております。

 

うーん、おくぶかい。

 

なので、登場人物を体験し終えた時に、「自分のストーリーラインも全部わかってないな!?もっと知りたいな?!他のストーリーラインはもはやなにもわからんな!?知りたすぎる!」という感覚が強く残っていたのですが、これは「登場人物」が深く関わる役に寄り添い、向き合い、行く末を見守ることが大きな役割だと考えると「知る必要がない」んだな、と考えることができました。

 

なので、物語全体の構造をしっかり把握したい!という方は登場人物も体験した上で黒子として世界に入り込む必要がありそうだなぁと。うーん、沼。

 

もっと知りたいし、もっと理解したい。

 

そういう気持ちがふつふつと湧き上がる体験だったと、3日経った今やっと振り返ることができています。

 

さて、そんな気持ちも整理できて晴れやかになった今、次に登場人物を体験させていただいた時にどんな景色が見えるかすごく楽しみです。

 

次はどんな人生になるかなぁ。

だれであっても、関わりの深い「役」に寄り添って生きれたらいいな、と思います。

 

 

 

 

シリーズ建「古美術商の恋」

 

 ※本記事は舞台「古美術商の恋」の作品紹介&レビュー記事です。文章の中にネタバレを含みますのであらかじめご了承ください。

 

 

恋の悲劇は、無関心である。

―――――――ウィリアム・サマセット・モーム

 

建「古美術商の恋」

 

劇場

すみだパークシアター倉

東京都墨田区横川1丁目1−10

公演日程
2023年3月29日(水)〜4月2日(日)

※「ザーッと降って、からりと晴れて」と同時上映

 

出演(敬称略)

武藤輝夫         藤原習作

木野灯里         吉田萌美

都築・多香子       原さち穂

萱亮輔          加藤凛太郎

萱文一郎         井元工治

警官・業者・同僚     石井真

語り           築山万有美

 

【イントロダクション】

舞う 語る 演じる 奏でる 歌う

五つ、すべてがメイン。

五つ、すべてが混然一体。

連鎖する死と悪夢。古美術商の男が目撃した

美しくも恐ろしい愛の物語とは…

公式フライヤーより引用

 

桜の咲き乱れる23年3月30日。

すみだパークシアター倉にて、「古美術商の恋」を観劇いたしました!

 

正直、舞台観劇はいつぶりだっけ?ってくらい久々で。

 

今回ふらりと観劇を決めたのは、以前から10人以下の舞台で加藤凛太郎さんが見たいと思っていて、たまたま告知ツイートを拝見したのと、家から劇場が近いところにあったからでした。

 

凛太郎さんは基本的に大人数のお芝居に出ている印象があるので、ブレメン以来の少人数芝居だな~と地味に楽しみにしていました。

 

結論、観に行けてよかったです。

凛太郎さんが作演出の秦さんの舞台に出演されているのは知っていたのですが、なかなか足が向かず、ズルズルと今になってしまいましたがもっと早く足を運んでいればよかったな…と。

 

見る人によっては純文学であり、芸術であり、ミステリーであり、ホラーであり、愛の話であり…多角的でありながら、全体が端的にまとまっている。そんな不思議な観劇後感があった作品でした。

 

以下、詳細なレビューになります。

 

 舞台構成について

まず驚いたのは、作演出の秦さんがご挨拶の後、舞台上で秦さんが音を作りながら(照明もコントロールしながら?)舞台が進んでいったこと。

 

正直最初は「見ている側としては気が散るのでは」と思ったのですが、まったくそんなこともなく、場面によっては生演奏であることが強調されることでより芝居の臨場感が増していたように感じました。

 

ここからは推測ですが、舞台上にブース?を置いたのは、役者のみなさんの温度感を感じながら音作りができるので、より効果的に舞台に組み込むことができる、という試みだったのかなと…わからんですが…

 

さて、本編の舞台構成についてですが、日記の記載を基盤に物語が展開していく構成だったため、かなり情景的・心理的描写が文体で言及されている点が個人的には珍しく感じました。芝居を見ているのですが、本を読み進めてるような。

 

文体での描写が、セリフで厚めに行われているので、アタマの中で背景やアングルのイメージがかなり克明に湧くのですが、その中で役者陣の芝居が躍動するなんとも不思議な感覚。飛び出す絵本を読んでいるかのような、ワクワク感がありました。

 

そこで活きてきていたのが抽象的な舞台セットだったな~と思います。

上下に組み立てられ、前後に奥行きを感じるあの構成は秀逸だなと思いました。上下、前後の組み合わせで舞台上にかなりの数のレイヤーがうまれていて、シーンでの使い分けることで場所の視覚的なイメージが分かれる効果があったような印象を受けました。

 

照明も朝夜や木陰などが細かく使い分けられていて、舞台そのものだけでも様々表情を変えていたような気がします。

 

文学的情景のイメージ想起と、生の芝居や演奏によるナマモノ感の組み合わせ。上下前後に広がる舞台装置と多様な照明によって生まれる空間の多面性。

 

他の方の舞台観劇の感想ツイートも色々見たのですが、「立体的」という表現がかなり多くこれらの感覚を手元に残している要因だったなぁとなんとなく思いました。

 

知らんけど(責任放棄の魔法の言葉)

 

次に、本編そのものの構成について。

 

厳密な時間はわからないのですが、おそらく1時間40分の上演時間のうち、1時間20分程度までが起承転結における起と承だったのではないかと思います。

 

起と承においては繰り返しの描写がかなり印象的でありながら、徐々に徐々に核心へ至る情報が増えていくような構成になっています。

 

と、ここまで書いてて思いましたが、こういう「同じメロディーを繰り返しながら、どんどん楽器などが増えていくクラシックあったよな~」と思って調べたらラヴェルボレロでした。

 

2つの主題が9回づつ繰り返すらしいのですが、武藤さんと灯里さんの日記が交互に展開される、という意味でも少し似てるような気がしますね。後半、その回収がかなり鮮やか且つ端的にまとまっておりそれに留まらず想定していたような結末を迎えない、という裏切りもありかなり心地よい塩梅でした。説明しすぎず、かといって解釈に委ねすぎない。観客への信頼が感じられてだいぶ嬉しかったです。

 

繰り返し、繰り返し印象的な言葉や違和感を残しながら

覆いを一気に取るように明かされる真実、の作り方がすごく美しかったです。

 

 登場人物の関係について

今回、構成的には事故の被害者である「武藤輝夫」の語りで物語が凡そ進んでいくこと、また舞台タイトルが「古美術商の恋」なため、彼が主人公のように錯覚させられます。

 

が、終わってみればこの物語は実は亮輔が始めた物語で、真の語り手が実は灯里さんだというのがわかる。

 

((余談だけど、黒ワンピ姉さん、なんなんだろうとずっとおもってたけどマジで最後つながったときウワ~~~ってなったね。うん。))

 

全ては、亮輔を中心に巻き起こった物語であるし、彼を中心に各人物との関わりで読み解いていくのが視点の定め方としてよい気がしているので、最も関わりの深い「亮輔と文一郎」「亮輔と灯里さん(と、多香子さん)」の2軸を考えていきます。

 

▼亮輔と文一郎

物語の発端中の発端。

親子という一番身近な他人とすれ違うと人生を痛めるぜ!って感じでしたね…

 

文一郎は金貸しという仕事柄、亮輔という人間性を見抜いてしまっていたのが本当に不幸。

が、ゆえに亮輔は父親から認められようともがき苦しんだ人生だったろうと思うと、胸が痛い。

 

きっと、亮輔が抱いた「他者への貢献意識」は純粋な気持ちであったと思うんですよね。ただ、その起源が「父親に認めてもらえない」という飢えた心だったために…ここの言語化むずいな。

 

認められたいと頑張ってきたはずなのに、いつのまにか認められたいという意識は頑として認めない父親への憎しみに代わり、貢献意識は自分が幸せになるための手段に変わった、という感じかなぁ。

 

文一郎の「私が父親としてやれることはお前に金をやらんこと」っていう発言もあったけど、あれはマジで正しい判断。パパは金が人を腐らせることを知っていたんだろうし、息子が金の魔力に耐えうる人間ではないことをわかっていたんだろうと思う。

ただ、それが亮輔さんには伝わっていなかった。それがすべての悲劇だったのかなと…

 

父に翻弄され、人生をかき乱されてきたその父親を最後には不慮の事故で殺してしまった亮輔さんの報われなさと、その後の生きる意味を無くしたようなぐずぐずっぷりがめちゃくちゃよかったですね。興奮しました()

愛と憎しみは表裏にいる、というのを深々と感じさせてくれる二人でした。

 

▼亮輔と灯里

さて、語るべきはこの2人でしょう。

この記事冒頭の回収になりますが、この二人の関係性は「恋の悲劇は、無関心である」というのがピッタリな気がしました。

 

灯里さんにとって、「彼」の世界に自分がいないことは耐えがたいことだったんだと思う。私を知らず、院長の娘と結婚する彼を世界の外から見つめ続けるの日々は酷だったんだなと。

 

そんな時「彼」から声を掛けられて、名前を呼ばれて、どんなに幸せだったかは想像に難くないですね。そうして「彼」の役に立つことが、生きる意義に、彼の世界に存在する縁になっていたのかなと思います。

 

だからこそ、亮輔が死んだあとも彼女はそれを厭わず「約束」を守り続けていると…おお…「約束」を守り続けている限り、私は彼との縁を感じられるし、彼の世界に存在し続けることができる。それだけで、彼女が生きていくには十分な理由になったんだと思うと…愛って怖い。

 

ちなみに亮輔は灯里が自分を好いていたのを知ったうえで近づき、父の介護をお願いしているのがパンの差し入れに現れててすごく嫌でした。なんか偶然みたいなこと言ってたけどそんなわけあるか。


それに気づいてからは、なんとも思わなかったあのシーンのリョウスケさん、全部白々しく思い返せる不思議がありますね。灯里さんは冷静に考えたらそれくらいのことはわかりそうなのに、恋の熱に浮かされてその辺がもうわからなくなっている感じも「恋」って感じでした。

 

そんな盲目的な灯里さんが終盤、古美術商(探偵)の彼を殺す前に色々真相を話してしまっているのはリョウスケの言いつけを破っているけど、彼女の中では「のろけ話」だったのでついうっかり(殺意は固めたうえで)話しちゃったんだろうな、という解釈で落ち着いています。こわ。

 

あの話は、だれにも言えない亮輔さんと私だけが知っている「ありがとう」を大切に大切に両手に抱えて、つい誰かに見せたくなってしまったんだろうなぁと…

 

と、関係性に一通り触れたところで私がすごい感じたのは「2面性」なんですよね。

 

文一郎は亮輔を通してみると、「あまりに憎らしい嫌なお父さん」に見える。一方で、灯里を通してみると「人間に疲れてしまった孤独な男性」という憐みの部分が見えてくる。

 

亮輔も同様に、多香子から見ると将来有望で婚約者として文句なしな好青年であるし、

文一郎から見ると「金の魔力で狂う、弱くて哀れで器の小さな息子」になる。(言い過ぎ?)

 

この「視点の変更」による印象の変化がかなり如実なのが「人間」って感じがしてすごく好きでした。

 

総じて、拝見できて本当によかったなと。

また、この舞台に連れてきてくれた(縁を運んでくれたの意)加藤凛太郎さんに感謝したいと思います。

 

最後に:加藤凛太郎さんについて

舞台を観てから1か月半経ってから書いてるので、

記憶が非常に怪しいですが書いてみたいなと…

 

今回、凛太郎さんを目当てに舞台を観劇させていただきましたが

あまり見たことのない役どころで凄く拝見できてよかったな~と感じました。

 

私の勝手なイメージなんですが、凛太郎さんってすごい「好青年」なんですよね。

爽やかというか、嫌みがないというか…言葉を選ばずに言えば、「善人面」。

 

なので今まで拝見してきた役柄についても、少しやさぐれたって、根っこの根っこは「いい人間だ」というようなものが多かったように思います。

 

今回は、その印象を裏手にとったような役柄だったのでそれが好きで好きで…

「社会人1年目がひっかかるような人」という形容が私の中でぴったりなんですよね。

 

特にゾクゾクしたのは、灯里さんと多香子さんを相手にまったく同じセリフを吐くシーン。なかなかにグロかったです。

 

凛太郎さんの善良なイメージをフル活用しつつ、その実はハリボテで腹の底に黒いものが渦巻いていて…いつもの凛太郎さんでありながら、どこか不安定で、違和感を感じさせるような塩梅がめちゃくちゃ好きでした。

 

うろ覚えですが、一番好きなセリフは「結婚しよう」です。

あれに萱亮輔がすべて詰まっていて愛。あのシーンもう一回見たい。

ああいう芝居している凛太郎さん大好き。

過去に戻って千一夜の物語みたい…

 

 

初めて凛太郎さんを拝見したのが2017年の舞台版ハコオンナだったんですが、

まさか5年越しにこんな気持ちになるなんてよもやよもや過ぎる。

 

まあ今回、こういう役どころが拝見できて、

改めてもっといろんな凛太郎さんを見てみたいなぁと思いました!

 

コロナ感染の際に休止期間を設けられていたのは存じていたので、

改めて舞台で拝見できる幸せを嚙み締めていきたいなと。

 

 

 

 

【書評】事故のすゝめ / 「出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと」

 

 

つい先日、知人がポツリと私にいった。

 

「結婚なんて事故みたいなモンだからね。」

 

 

 

出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと / 花田菜々子

 

 

 

 

 

 

 

「変人の面白エッセイかと思いきや、凡人(と思っている人)全員が刺激される強烈な自己啓発本です。もはや実用書! 」
ーー能町みね子

 

 

【内容】

夫に別れを告げ家を飛び出し、宿無し生活。どん底人生まっしぐらの書店員・花田菜々子。仕事もうまく行かず、疲れた毎日を送る中、願うは「もっと知らない世界を知りたい。広い世界に出て、新しい自分になって、元気になりたい」。そんな彼女がふと思い立って登録したのが、出会い系サイト「X」。プロフィール欄に個性を出すため、悩みに悩んで書いた一言は、「今のあなたにぴったりな本を一冊選んでおすすめさせていただきます」———。

実際に出会った人達は魑魅魍魎。エロ目的の男、さわやかに虚言癖の男、笑顔がかわいい映像作家……時には自作ポエムを拝見し、かわいい女子に励まされ、優しい女性のコーチングに号泣しながら、今までの日常では絶対に会わなかったような人達に、毎日毎日「その人にぴったりの」本を紹介。え、もしかして、仕事よりもこっちが楽しい?!

サイトの中ではどんどん大人気になる菜々子。だがそこに訪れた転機とは……。
これは修行か? 冒険か? 「本」を通して笑って泣いた、衝撃の実録私小説!


◎目次

プロローグ 2013年1月、どん底の夜0時

第1章 東京がこんなにおもしろマッドシティーだったとは
第2章 私を育ててくれたヴィレッジヴァンガード、その愛
第3章 出会い系サイトで人生が動き出す
第4章 ここはどこかへ行く途中の人が集まる場所
第5章 あなたの助言は床に落ちてるホコリみたい
第6章 私が逆ナンを身につけるまで――――そしてラスボス戦へ
第7章 人生初のイベントは祖父の屍を越えて

エピローグ 季節はめぐる、終わりと始まり

あとがき 2017年秋、本屋の店先で

 

amazon 商品紹介ページより引用

 

 

 

只今、私は大学4年生であり就職活動の真っ只中にいる。

今日も今日とて、某社の企業説明会に参加し、意味ありげにふむふむ、なるほどですね!なんて顔で相槌を打ち、全てを理解したような面持ちで「ありがとうございました!」と爽やかに挨拶をし、会場を後にする。

 

いつまで続くのだろうか、もうやめにしたいな、などと考えながら足早に駅に向かう途中で、吸い込まれるように駅前の書店に入り、さも当然かの如く本書を手にし、会計を終え、駅から電車に乗ったのが18:02であった。

 

 

そして今、22:00をまわったところで私はこの書評を書き出している。

約4時間。帰路も夕飯時も夢中になって、気づけば本書を読み終えていた。

 

 

目に飛び込むようなビビットイエローと、ゆるりとしてかわいらしいイラストの書影が鮮烈な印象を与える本書のタイトルは「出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと」である。

 

ポップなフォントとは裏腹に、なにやら怪しげで訝しげなタイトルである。どんな内容なのだろう。そう思い本を開くも、故あって夫との生活から別離することを決意し、家を飛び出しネットカフェやらカプセルホテルやらを転々としている花田さんの行き場をなくした閉塞感をじわりと感じる書き出し。

 

あぁ、離婚してそのまま本をキッカケに新しい彼に出会って幸せになりました、みたいな本なのかな。と早合点しながらも読み進めると、そんな二束三文にしかならないような恋愛エッセイなどではなかった。

 

 

ブログ冒頭の引用文で示した能町みね子氏の帯コメントが言い得て妙、という他ない。

 

 「変人の面白エッセイかと思いきや、凡人(と思っている人)全員が刺激される強烈な自己啓発本です。もはや実用書! 」
ーー能町みね子

 

 そう、この本は著者の経験を通して「自分は何者か」「なにがしたいのか、どうなりたいのか、どこへ行きたいのか」という問いを私に提示してきたのであった。正直、眩暈がした。

 

 これを読んでいる貴方は、自分が何者で、なにがしたくてどこへ向かっているのか、今じぶんがどこにいるか、矢継ぎ早に語れるだろうか。

 

 

Who I am?

 

冒頭でも申し上げた通り、私はいま絶賛就職活動中である。ぶっちゃけ書評書いてるヒマがあるならエントリーシートを書かなければならないご身分である。

 

そんな就職活動において、否が応にも突きつけられる質問がある。

「なにがしたくて、どこにいきたいと思っていますか?」「なにができますか?」「あなたは一体何者ですか?」

 

再三言うが、眩暈がする。そんなのは私が聞きたいくらいだ

でもきっと、「自分は何者か?」そんな漠然とした不安や疑問を抱えている人は少なくないんだろうと思う。

 

本書は、そんな人にこそ読んでほしい一冊である。

 

この本の著者である花田菜々子氏も、また同じ問いに突き当たった一人であった。そしてここには、花田さんが「問い」に対して「答え」を見つけていく旅程が記されている。

 

それは、出会い系サイト「X」でその人にぴったりの本を勧める、という方法で人と出会い、世界を広げる旅。

 

自己と向き合うのに外に出ていく、というのは実に奇妙な響きを持つように思えるけれど、自己なんてものは結局、他者を介することでしか見いだせないものである、と私は思う。

 

 

 

事故のすゝめ

さて、ここで唐突に記事の序文に示したとある知人の言葉に戻ろうと思う。

「結婚なんて事故みたいなモンだからね。」

 

多分きっと、結婚はしないんじゃないかな。とこぼした私に知人はこういったのだった。

 

 結婚は事故。そもそも「事故」という言葉がもつ意味合いは、

思いがけず生じた悪い出来事。物事の正常な活動・進行を妨げる不慮の事態。「事故を起こす」「事故に遭う」「飛行機事故」

事故(じこ)の意味 - goo国語辞書より引用

である。

 

なるほど、思いがけず、それは唐突に我々に襲い来て、人によっては嵐のように去っていく。

 

とするならば、それは結婚だけでなく、恋愛そのもの、もっといえば生まれてきたこと自体がそもそも事故なのではないかな、とふと。

 

 というより、私は人生は事故の連続であると思う。どれだけ平和に生きていこうとしても、むしろ予定調和であるかの如く事故る。受験に失敗するのも、就職に失敗するのも、歩いていこうとしていた道から違う道に急に押し出されてしまう、そんなような事故だ。

 

人との出会いもそうだ。思いがけず出会い、思いがけず友達になったりならなかったり、うっかり恋人になったりならなかったり、そうして結婚に踏み切ってしまうことも事故。実際、恋は"落ちる”という。落下事故なのである。この人生は事故だらけ~である。

 

事故が起きるということは意味のとおり悪い出来事に襲われるということであり、ほとんどの場合思わしくない結果だけが残る。そう、大前提として出会いも人生も恋愛も事故なのだから、基本的にはマイナススタートである、というのが私の持論になりつつあって、ピンキリであるが、少なからずケガを伴う。再起不能と思えるまでのケガを負うこともあるだろう。

 

 

しかし、「人間万事塞翁が馬」という言葉があるように。「怪我の功名」という言葉があるように。「災い転じて福となる」。

 

事故は、結果として思わぬ幸福を招くことがある。

 

それは、変化。人は人との直接の出会いであるとか経験だとか、または作品を介した交流という名の正面衝突の中でしか新たな価値観であるとか、新たな知見を得ることは出来ないであろうと私は思う。

 

何が待ち受けてるかは誰にもわからない、未知との遭遇

 

そして本書の場合、語弊を恐れず言うならば、著者である花田さんはまず結婚生活に於いて事故を起こした…といえる。

 

 そこで負傷した著者がとった行動は、負傷をまじまじと見つめ悲観することではなく、もっと「事故る」ことであった。出会い系サイト「X」へ登録し、そこから70人と出会い本をすすめる旅、もとい、70回の事故への挑戦が始まったのであった。

 

 実際、本書を読むとよくわかるが最初の2人は中々見事な事故り具合である。 文字通り彼らが花田さんに求めていたのはToLoveるであった。

 

そんな紆余曲折はあるものの、

 

世の中本当にいろんな人がいる。そして意外とみんな好きなように生きてみたりしていて、

 

「会いたい」といえるだけのちゃんとした理由があれば、そんな特別なことではなく、だいたいの人とはあえるものなのかもしれない。

 

この本を読み終えた今、先ほどまで抱えていた憂鬱な気分がどこへやら、この世の中に溢れる出会い――事故に心を躍らせている。だって、それはきっと私に変化をもたらしてくれる素敵なことであるに違いないと、本書が教えてくれたからだ。

 

 だから私は本書を「事故のすゝめ」であると言おう。

 

花田さんがそうであったように、

人はやれないことなんてないのだと、どんな風にだって生きていけるのだと、

 

 

 

 願わくば、次の企業では私の益々の発展をお祈りされるような事故を起こしませんように。

 

THE 黒帯×聖地ポーカーズTRAD「TRUCE」

 

 ※本記事は2017年12月に終演した舞台「TRUCE」の作品紹介&レビュー記事です。文章の中にネタバレを含みますのであらかじめご了承ください。

 

 

「写真がなにを意味するかわかるか?彼らはカメラを見つめ切望する。

"我々を覚えていてほしい”。」―――――――映画「アララトの聖母」より

 

 

 

 

 

 

 

聖地ポーカーズTRAD × THE黒帯「TRUCE」

劇場
新宿シアターブラッツ
東京都新宿区新宿1-34-16 清水ビルB1

公演日程
2017年12月13日(水)〜17日(日)

出演

 

RED TEAM

カメラマン 役 桜田 航成

少佐・曹長 役 橋本 達也
狙撃兵   役 岡村 まきすけ
通信兵   役 榎原 伊知良
隊長    役 早川 剛史
兵士    役 大中 小

BLUE TEAM

カメラマン 役 渡部 将之

少佐・曹長 役 程嶋 しづマ
狙撃兵   役 清水 宗史
通信兵   役 野村 龍一
隊長    役 早川 剛史
兵士    役 深澤 恒太

 

公演公式サイより引用)

 

 

 

【イントロダクション】

旗揚げにしてすでに名作!【THE 黒帯】が贈る、喜怒哀楽ジェットコースター戦場ドラマ。

——切り取られた現実、とり残された真実。

歴史的スクープを求め、念願の最前線にやってきた戦場カメラマン。
そこで繰り返される、兵士達の非日常的な日常。
普通に笑い、普通に泣き、普通に戦って、普通に死ぬ。
ファインダー越しに捉えたものは、世界の矛盾か、己の深層意識か…

THE 黒帯公式サイトより

 

 

 

 
   

 

2017年12月14日/15日。新宿シアターブラッツにて「TRUCE」BLUE/RED両チーム観劇させていただきました。

結果だけ先に申し上げますと、残念ながら後半の方は舞台が滲んでよくみえなかったです。もったいな。泣きすぎて顔びっしゃびしゃでした~…あぁ~…(倒れ込む)

いやぁ~…わかってたとはいえ、イントロダクションの通りまさに「喜怒哀楽ジェットコースター戦場ドラマ」。感情を揺すぶられ、魂を揺すぶられるような作品でした。完敗。そして乾杯!

というわけで、鉄は熱いうちに叩け!覚書に感想などをダラダラと書き記したいと思います。以下、ネタバレを含みますので、未観劇の方はお気を付けくださいまし。

 

あらすじ

時は、とある架空国家間による戦争の真っ最中。舞台は、国境線にほど近い辺境の地。内地で研究者を務める「少佐」は、前線で活躍する弟の「曹長」に新しく開発された万能ワクチンを届ける、という任務の為に案内役の兵士と、兄弟の感動の対面を撮ってこいと命令を受けた従軍カメラマンと共に作戦拠点を目指していた。

しかしこの「少佐」、なかなかの変わり者で「私はフィールドワークをしにきたのだ」といって調査、虫や植物の観察にと真っ直ぐに拠点に向かわない。

そんな中、珍しい蝶である「アグリアス・ヒューイットソン」を見つける。この蝶は未だ研究・調査の進んでいない幻の花の蜜を吸うため、追っていけばその花へとたどり着けるという。

無我夢中になり追いかける少佐だったが、運悪く敵ゲリラに遭遇してしまい、そのままカメラマンも一緒に敵ゲリラ兵の捕虜となってしまう。

ゲリラ兵たちの拠点につれてこられた二人は、情報を洗いざらい吐け、と脅されるが…。

 

本来、決して関わることのなかった両者。捕虜と敵兵という関係の中のおかしな交流を経て、戦地で彼らが行きつく先は。

 

 

 

総評

とても、綺麗な作品だと思いました。

作品自体は泥臭ささえ感じるほどなのに不思議なほど、澄み渡っている。特に最後のシーンが美しい。冬の朝の恐ろしいほどに澄んだ空気を彷彿とさせるような静寂を見事に演出しています。

同じく、当初は学校公演を視野にいれていたということもあり、大変示唆に富んだ美しさ、道徳性を感じました。もう義務教育段階の必修科目にしよう。全国民はTRUCE必修でいきましょう。まず日本初の女性首相にならなきゃ…(?)

更に作品の構成も鮮やかで美しい。現在のカメラマンの語りに合わせて、交互に物語が展開していき、そして皆から託された爆薬入りアタッシュケースの爆発と、手りゅう弾の爆発が上手く重なり合う瞬間は鳥肌が立ちます。

 

また作品の中でカギとなるワクチンの原料となる研究の進んでいない幻の花に関して。

作品終盤に、この花の名を、もし可能であるならば少佐の、兄の名をつけてくれないかと曹長は頼みます。

少佐の名前は「トゥルース」でした。そして作品の題は同じ音で「TRUCE」。停戦を意味します。

その名前がついた花を、世界中に咲かせる。それが少佐の、そして曹長の願いでもありました。

停戦の花を、世界中に。

この美しさがなんともいえないほど、好きです。

 

更に花を原料に「新型爆弾」と「ワクチン」が精製されていますが、これも戦争科学の功罪、なにを、誰がどう扱うかでガラリと物の本質が変わってしまう事も示されているのではないでしょうか。

 

このように、「TRUCE」は戦場・戦争を題材にしていますが、架空の国家間の戦争を描くことで、その主眼は戦争の凄惨さや悲惨さを如実に語る、というより、その主軸の中で「自分を生き、そして死ぬこと」を、人は皆尊い、ということをありありと感じさせてくれるような作品になっていると思いました。

 

「戦場と写真」この二つの中で、本当に色々な要素を掬い上げている、素晴らしい作品です。

 

これを書いていて、改めてそれを痛感すると共に、幾重にも幾重にも語るべき要素が綺麗に重なり合っているのがなんだかミルフィーユやミルクレープみたいだなとか思ったり…つまりおいしいってことですね!(?)

また舞台美術も初演を踏襲しつつ、奥行きを生かしたつくりになっていることや改めて場転の巧みさ、衣装の良さなど…。軍服ナァ~~~!(ヘラヘラ)

そして最たるは役者さん。RED/BLUEのWキャストの形をとっていますが、本当に全く違った作品に仕上がっていて驚きました…。あまりにも愛おしいというか、どうしたってあの6(7)人を、ひいては11人を好きにならずにはいられない…。11人で作り上げたふたつのTRUCE。どちらも味わい深かったです。

この何重にも重なりグラデーションを描いている層を一つづつめくっていくのはなんというか、難しくもあり美味しさを損ねていってしまうような気もしますが…。

ゆっくりと、このTRUCEという作品について言葉にできたら、と思います。

 

 

 

 

戦場とカメラマン

まずなにより、この「TRUCE」の中で、重要な意味を担う立場にある「カメラマン」、そして「写真」の意味を、深く考えさせられました。

 

「写真がなにを意味するかわかるか?彼らはカメラを見つめ切望する。 "我々を覚えていてほしい”と。」―――――映画「アララトの聖母」より

 

冒頭で引用したこの言葉が、そのままTRUCEの中での「写真」を意味するのではないかと思うのです。

 

「TRUCE」で起きていたことの顛末は、本来ならばだれも知りえないことです。

作中に登場するカメラマンを除く6人は確かに生きていました。生きて生きて生きて、死んだ。けれども、何を思って生きていたのかも、何のために死んでいったのかも、きっと誰にも知られることなく、冷たく無意味なままでした。

カメラマンがいなければ、彼らは積み重なる屍の山に埋もれていってしまっていたのだと思います。

カメラマンがいたからこそ、いや彼らが死を目前としながら、敢えてカメラマンに思いどころか、過去も未来も生きざまも死にざまもその意味も、全部カメラマンに託したからこそ。伝えてくれと。残してくれと。繋げてほしいと。闇に消え去らないようにと。

 

写真というのは、切り取られた刹那の生だと、私は思います。

 

カメラマンの撮った写真の数々は、彼らが生きていたことの残像のようなもので、冷たい死骸の山から彼らを連れ出して、そして永遠の生を与えるような意味を持つものだったのではないでしょうか。

だから余計に、冒頭の場面での隊長の「写真、撮らないか」が、そして後のブッチの「絶対公表しろよ!」が痛切で。

集合写真でカメラを見つめる彼らの目が、ストロボの閃きに切り取られて目に焼き付いたあの姿が、「我々を忘れないでくれ」という叫びにも聞こえて…。しんどい…忘れないヨォ…(か細い声)

 

そして写真に、そしてテープに切り取られた姦しいほどの生が、一転アラームだけが鳴り響くしん、とした静謐にかえっているこのコントラスト。何度も言いますが本当にあの静けさが耐えがたく、見事です。

 

 

恐らく戦場カメラマンは、人々が生きていたことを、起きた事実を、その瞬間を切り取って、忘れさせないように、そういったものを撮ることが仕事なのかもしれないと思いました。

そういう意味での、

「勘違いしそうになりましたね。戦場カメラマンおもしれ―って。」

だったのかなぁと。

この勘違いはきっと、限界まで張りつめた緊張感の中で、戦場を切り取るという行為に伴う快感に対するものなのではないかなと。映画「ハートロッカー」では爆弾処理を担当する男が戦場でのスリルが忘れられなくなり、兵役を終えた後の日常の生活に耐えられずに再度戦地へ志願する男が描かれています。それほど「癖になる。」感覚。でもそれは本来の意味と違えてしまうのかなぁと思いましたね!知らんけど!

と、いう思いで作品を観ると、ファインダーを覗きながら辿ってきた道を思い出そうとするカメラマンだったり、「魂の方が惜しい」の終わり、亡命を決め去っていく少佐の背中を写すカメラマンがとても印象的でした。

 

 

 

 

少佐と曹長、「自分を生きること。」

そして、この作品において非常に高い比重を担うこととなる「少佐」そして、その双子の弟「曹長」。

劇中の登場人物を、この作品を通して誰もが好きになり、だからこそ終わりがあんなにも胸に迫るのは言うまでもないかもしれませんが、少佐はきっとその中でも客席の心を魅了してしまう人間だったのではないかと思います。

それはきっと彼がどこまでも「彼らしく」生きていたから。

この作品の根底には「自分を生きる」ことへの問いかけが少なからずあると私は思っています。「自分を生きる」。それは少佐だけでなく、あの場にいた全員にいえることでもあります。ブッチは幾度となく「俺は俺を全うする」という言葉もありましたし、DJのセリフにも「シンプルに視点は一つ、自分に置けばいい」というセリフもありましたし、隊長は少佐をして「高潔で誇り高く、状況が悪くても自分を見失わない」。

ただ、殊に少佐はそれが顕著だったと思います。

戦争という特殊な状況下。善悪、倫理・道徳の価値観がボヤけて揺らいでいる中で、自身の正しさと社会に求められる正しさの間でもがいてあがいて流されて。それでももう間違わないように 自分自身を見失わないように、自身の灯が絶えないように 生きようとするその姿は逆にね?美しいんだよなぁ…わかる〜〜!!!(魂の叫び)

 

どんな時も「自分を生きる」難しさというのは、大人になればなるにつれて否が応でも、誰もが経験の中で知っていくことことなのではないでしょうか。

 

だからカメラマンと対峙して、命よりも魂の方が惜しいと声を震わせた時、そして真っ直ぐな瞳でカメラマンにこれが私の大義だと、君にも大義があるなら引き金を引くといい、と語りかけた時、その姿に、言葉にどうしても泣きださずにはいられない。好きです…ウッ…。

その「魂」は、犯しがたく穢しがたい…私はそう思う…I think so.

なにより、最期。妻子を人質にとられ、「自分が死ねば、」と自棄をおこした兵士に直前、「私が死ねば、家族は助かるのか。」と尋ね、直後、兵士が自死を図ろうとピンを抜いた手りゅう弾を見るや否や、一寸の躊躇もなくそれを抱えて走り去るこの…。そんなのもうキャプテン・アメリカか少佐くらいなモンですよ…。

そして、息も絶え絶えな中、か細い声で、言葉を残していく少佐の顔のなんて穏やかなことか。苦悶に喘いでも、恨み事の一つも漏らしたっていいのに、最期まで、最期の最期まで、残していく人々に伝えるべき言葉を、自分のなしえなかったことを託して、微笑んでいた。

極めつけはあのアタッシュケース。中に入っていたメッセージカードの、力の抜ける位、状況に不釣り合いな電子音と、「ワクチンがなければ作戦も中止だろう」なんて言葉と共にワクチンの代わりに弟の好きな(あまり弟をよく知らない、と言いながらも好物を覚えているという…)地酒を入れてきてしまうところ。その場面をみて、あぁ、なんて「少佐らしい」んだろうと、そうだ彼はそんな男だったと、たった二時間の中で思わせられる。

少佐なぁ…橋本さん、程嶋さん共に、隊長の「しかし、何故だ…?」の問いに「さぁ…なぜかな」と答える優しい顔~~~~~!!!どんだけ~~~~~!?

 

どんな時も、自分を貫ぬき、人に優しくあった少佐を尊敬せずにはいられないのでした。はぁ~…。

 

兄弟愛・家族愛

そしてやはり欠かすことのできない、語られるべきテーマの一つではないでしょうか。

双子の兄弟でありながら、お互いに対してどこか不干渉で距離を感じていた少佐・曹長。しかし、弟の曹長は最後まで兄を見捨ておくことが出来なかった。頼んで連れて行ってもらったフィールドワーク。兄弟で遊んだ最後の記憶を、克明に覚えていた。というか最後のシーンで贈られた酒瓶を握りしめていたのが無理でしょ!?なにあれ!?だれですか?!演出ですか?!オッケーグーグル

そして兄の少佐は、弟に引け目を感じながらもどこかでいつも弟を思っていた。よく知らない、と嘯きながらも「好きな地酒」を覚えていた。亡命を決めた際も、「バカな兄貴で済まない」と残していく弟への伝言を頼んでいた。

もしかしたらいつだって兄の少佐はどこかへいってしまって、その後を弟の曹長は追いかけていたのかもしれない、だとか…。

表にはださなかっただけで、心の奥底ではお互いを思いあっていた。なにがあっても助け出そうとしていた曹長が、少佐の死の間際の言葉を聞いたとき、挨拶をする隊長に目もくれず少佐の死に顔を確認したとき、顔には出さなかったけど、きっと苦しかっただろうと…。

なにより、曹長が少佐を慕っていたことが、兄の最期の言葉を聞いた直後、ゲリラ兵たちの拠点を訪れるまでに「軍籍を放棄した」ことからもうかがえます。

それは彼にとって、戦う理由が、なくなったから。曹長にとって少佐はきっと戦う理由だったんだと思う。内地で研究者として勤める兄の存在は、きっと曹長にとって誇らしいもので、守りたいものだったのではないでしょうか。

向こうで再会を果たしたなら、また小うるさく喧嘩をしながら、お酒を片手にゆっくりと今までのことを、語りあってるんじゃ…ないかな…。そうであって…。

 

そして。孤児院で育ち、血のつながりはない義兄弟である隊長コルテスと狙撃兵ブッチ。それでも幼少期を共に過ごして、苦楽を共にしてきた、兄弟同然の二人。

だからこそブッチは兄弟を失おうとする二人の気持ちがよくわかって、だから少佐自身の言葉をどうしてもブッチは曹長に伝えたかった…。あ~…ブッチは本当にまっすぐな子だなぁ…。

ブッチついでに、ブッチが200メートルいないに当てられないのは、相手の顔を見ると(無意識に)撃てない とかだともう ブッチ〜!ってなります。(?)

ブッチと隊長、お互いの手を握りしめたまま、息絶えていたふたり。

もしかしたら、三度の飯よりむち打ちが好きなサド野郎指導員(言いたいだけ)に苛烈な扱いを受けた夜、大丈夫だよと慰めるように、兄貴がそばにいると手を繋いで寝てた夜があるのではないかと思わせられました。

爆撃の中、呼吸器が塞がれて苦しくて、きっと不安で、そんな中繋いだ手だと思うと、孤児として育った二人が一人じゃないと再確認したように、死んでいくのも一人ではないと確認するように繋いだ、そんな風に思えてもう…この話はここまでだ…。

向こうでは居酒屋を営んでて…みんなで笑ってて…そう願います…。

 

 

 

終わりに。

10年前の初演では「Welcome To The Black Parade」という楽曲が使われていましたが、この曲があつらえたようにこの「TRUCE」という作品にピタリとハマっていて、1837331回言いますが書いてこの曲を使おうと決めた榎原さんは天才としかいえないです。

それでも世の中は動いていく残った者の人生も,そこで終わるわけじゃないその後も続いていくってことを体は死んで消えていっても思い出だけはそのまま残る 
消えたりしないそしてその思い出を抱いたまま,残った者は生きていくんだこんなこと秘密になんてしておけない
いくら国歌を聞いたってそれじゃわかりっこないんだから

力づくで人を動かすことなんてできないよ
どうやったってこの気持は変わらないなんならやってみればいい 
だけど決して負けたりしない欲張りなんだよ 
こういう人間として生きたいんだ言い訳するつもりもないし,謝るつもりだってない自分を恥じたりしてないから,傷だって隠すつもりもない苦しんでる人を励ますんだ
よく聞いてよ だってそれが本当の自分なんだからただの平凡な人間だし,別にヒーローってわけでもないそこらの若いにいちゃんだけどこの歌を歌うために生まれてきたんだ
よくいる普通の人間で,大したことのないヤツだけどそんなの気にしないよ 関係ない (日本語訳 掲載サイトより)

 

 

 

私は本当にこのTRUCEという作品が好きなんだと思います。(?)

RED、そしてBLUEと素晴らしい役者さんの演じるTRUCEを劇場で観られるのが本当に嬉しくて、とても幸せです。

執筆現在、残り二日、千穐楽まで駆け抜けていく皆さんを見守らせて頂きたいとおもいます。ん~~~次はもっとうまく書きます!とりあえずTRUCEが好きという事でした!はい!

 

最後に。

「We'll carry on.」

旗揚げから10年、THE 黒帯さんのこれまでの"歩み"に、役者としてのみなさんの"歩み"に、そして舞台に立って戦い続ける姿に、感謝と尊敬と愛を込めて。なんてね。 

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

 

 

 

舞台演劇に不可欠な要素/聖地ポーカーズTRAD 黒帯三昧『ブレメン』

※この記事は2017年11月に終演した舞台「ブレメン」の作品紹介&レビュー記事です。文章の中に多少のネタバレを含みますのであらかじめご了承ください。

 

 公演概要

公演名
聖地ポーカーズTRAD・黒帯三昧 「ブレメン」

劇場
赤坂チャンスシアター
東京都港区赤坂2-6-22デュオ・スカーラⅡB1F

公演日程
2017年11月17日(金)〜19日(日)

 

 

イントロダクション

“俺たちはやり直せる 何時でも、何度でも・・・”
とあるオフィスの一室に集められた男たち。
各方面より選りすぐられたエリート社員である彼らは、
会社の業績不振を解決すべく、新規事業開発チームを結成。
持ち前のエリート的気質と能力で、一発逆転の大事業を創り出す!
—————はずだった・・・

◎キャスト
・主演
加藤凛太郎

ダブルキャスト
池永亜美 稲垣希

・スイッチキャスト
橋本達也 早川剛史 程嶋しづマ

公式サイトより引用)

 

 

 

 

2017年11月17日。

聖地ポーカーズTRAD 黒帯三昧「ブレメン」を観劇しました。

「ブレメン」は、元々演劇ユニット「THE 黒帯」が2014年に公演した作品であり、またそれを当時観劇したプロデューサー・酒井りゅうのすけさんによって聖地ポーカーズTRADとして2017年1月に一度目の再演を果たしているため、今回の公演では再再演となります。

 

最初に公演をおこなった「THE 黒帯」が本年で旗揚げから10周年を迎え、また同時に観劇三昧 が主催した手のひらフェスティバル で旗揚げ公演「TRUCE」が見事大賞に輝いたことを記念し、半年以上に渡り「黒帯三昧」と題して聖地ポーカーズTRADとタッグを組み、過去公演の上映会やイベントが行われてきましたが、今回の再再演はその一環であります。

 

私が一月に、はじめてこの「ブレメン」を観劇した際、どうしようもなく楽しくて、どうしようもなくこの作品を好きになってしまって、なんだかわからないけどとてもとても、満たされた気持ちになったのを覚えています。

今回はその「なんだかわからない」部分に焦点を当てて、「ブレメン」という作品がどのような作品であるかを考えてみました。

以下、レビューになりますが、軽微なネタバレを含みますので、これからDVD等でご覧になる予定の方で、少しでも事前に情報を入れたくない、という方はご注意ください。

 

 

 

 舞台演劇に不可欠な要素

舞台「ブレメン」の話をする前に、皆さんは舞台演劇に不可欠な要素はなんだと思いますか?

舞台演劇には挙げきれない程の情報や要素が詰まっています。むしろどれだけでも、時間や予算などが許す限り、詰め込むことが可能なのではないでしょうか。その在り方は「無限大」であるといえます。

 

では逆に、「無限小」とでもいいましょうか、膨大な要素を持つ舞台演劇の中で、舞台演劇たらしめる絶対の要素。言い換えれば「これがなくては舞台演劇は成立しない」というナニカ。それを「無限大」の中から、舞台演劇に不可欠な「無限小」を選び出すとすれば、それはなんだと思いますか?

 

私にとって演劇に不可欠な要素とは、「役者」と「観客」、この両者であると思います。

 

衣装でも効果音でも照明でも舞台装置でもありません。「役者」と「観客」。

 

両者さえいれば、いつでもどこでも演劇ははじまってしまう。逆説的に言えば「役者」と「観客」が出会う場所が舞台であり、同じ時空間を共有することで初めて作品はこの世に表れるのではないでしょうか。

つまり、演劇を演る、という行為に対して同じ時空間の中で演劇を観る、という動作がなければ演劇は演劇たりえない。だからこそ観劇という行為の本質は劇場に赴き、客席にすわり、目の前で、生きている人間がつくりあげていく一言一言、一挙手一投足に心を寄せることであるとも思えます。

 

 

さて、この「ブレメン」という作品を語るにあたり、これはもうどうしようもなく、疑いようがないのではないか、と強く思ったのです。

 

この公演が上映されている赤坂チャンスシアターは、40席程度の劇場で、舞台と客席が超至近距離。この空間の中で、「ブレメン」という作品は上演されているわけでありますが、この作品ほど、そしてこの劇場ほどに、観客と役者の作品を介した対話を、そして演劇に不可欠であるのは「役者」と「観客」であることを実感させてくれる面白い作品はない、と断言します。

 

その理由の一つに、冒頭と末尾に挿入される主人公「黒場」のモノローグが挙げられると思います。

正確には、この部分はモノローグとは言い切れません。モノローグの定義を調べると、「劇で、相手なしに言う台詞(せりふ)。」と、あるからです。

冒頭と末尾のとあるシーン。舞台上には、黒場一人。あとは音楽を奏でる演奏家がいるのみです。

しかし、黒場はあくまで語りかけます。

「軽い暇つぶしのつもりで聞いて下さいよ。」と。

ここで、きっと観客は作品に取り込まれているのだと思います。「聞き手」として作品に内在することを許可される。

 

そして、本来当たり前のように行われる作品の傍観、「観劇」に意味が与えられる。「聞き手」として、舞台「ブレメン」を経験することになります。つまり、私たちも「ブレメン」の当事者になることが黒場の語りかけによって出来るようになるのです。

だからきっと、ブレメンは面白い。作品の中で、舞台上の役者や制作と、客席の観客。この両側があり、双方向的に、相乗的に「ブレメン」という作品をつくりあげていると。

 

さらに、赤坂チャンスシアターという劇場が、このことを際立たせます。舞台と客席とが一体となったような劇場。観客も作品と渾然一体となった「ブレメン」という作品の真価は、まさにこういった劇場だからこそ何倍にも感じられるのではないでしょうか。

演劇の中に観客というのは確かに存在していて、殊にこの「ブレメン」は作品と一緒に在るという事を、どこか作品の一端にいる、と、最初に提示してくれる。そのおかげでより一層、観客は作品に対して積極的に、そして当事者のようにのめり込んでしまう。

だからこそ、劇場に「いる」ということを、その意味を、そして舞台演劇がどうして面白いのか、そんなことを肩を揺さぶるように思い出させてくれる、そんな作品であると思います。

 

更に、この「ブレメン」は荘厳な舞台装置ではなく、舞台上に目立つものといえばパイプ椅子とスネアドラムのみ。登場人物はたった5人。全員スーツ。大きな場転は殆どないといって差し支えない。

 

それなのに、どうしようもなく面白く、「劇的」。

前述のような脚本の構成や時間を遡る演出等々の妙はさることながら、やはりこれだけの脚本を魅せる役者さんの力をひしひしと感じました。

観客がいることに意味があるとはいえ、やはりなによりも語られるべきは役者の皆さんの技量と魅力です。

 

作品の性質上、間延びするような、機械的に処理されがちな「繰り返し」の部分があり、ともすれば飽き飽きとしてしまうような場面も、観客の心を離さない。

それぞれがそれぞれの手腕を揮い、この作品を更に更に魅力的に仕上げていらっしゃる中で、役者さん同士の信頼関係もハッキリとみてとれる。

作品の素晴らしさやその効果もさることながら、役者さん方の素晴らしさ、シンプルな装置の中での5人芝居で各々がもつ個性や技量など身を以て体験させてくださった印象でした。

 

スイッチキャストで公演ごとに2役を交互に演じている早川剛史さん・程嶋しづマさん・橋本達也さんが毎公演見せる役の顔、見事に2役を演じあげるその辣腕で作品の基盤を作り上げ、そしてダブルキャストで違った魅力を見せてくださる稲垣希さん・池永亜美さん、更にこの2チームの変則的なキャスト変更の中で確固とした芝居をみせてくださる加藤凛太郎さん。

 

みなさん本当に凄い方ばかりです。何度みても笑わされて魅了されてしまう。

なんだかんだと言いましたが、難しいことをこねくりまわしたりしなくたって、十二分にこの作品はとにかく楽しく面白いです。なんだか幸せになります。

 

そして脚本・演出・制作・役者、どこをとっても本当に、劇場でみることに意義が深い作品だな、と思います。

 

劇場にいて、笑って、少し泣いて、心を揺さぶられて、そんな心の機微がわずかに作品の中に掬いあげられていく。

あぁ、演劇だなぁ。楽しいなぁ。好きだなぁ。そんな気持ちで劇場を後にした作品でした。

 

 

舞台ビジュアルなどの情報は公式サイトブレメン へ!

作品紹介:ジャングルベル・シアター「リヒテンゲールからの招待状」

 

 

 

 

※この記事は2016年12月に終演した舞台「リヒテンゲールからの招待状」の作品紹介&レビュー記事です。文章の中に多少のネタバレを含みますのであらかじめご了承ください。

 

 

ジャングルベル・シアター2016年冬公演 『リヒテンゲールからの招待状』

日時:2016年12月8日(木)~2016年12月13日(火)

劇場:中野 劇場MOMO

 

 

▽ あらすじ

リヒテンゲールからの招待状

 

望月歩のもとに届いた一通のはがき。

それは、18年ぶりの同窓会の招待状。

 

都会での暮らしの疲れを振りはらうように

訪れた故郷の図書館

そこでまっていたのは、懐かしい同級生…!?

 

…なぜあの時、最後まで読まなかったんだろう…

*1

 

 

キャスト

***********************

 

リヒテンゲールからの招待状

 

望月歩         …程嶋しづマ

リヒテンゲール        …浅野泰徳

ヘルマン         …垣雅之 (株式会社フラッシュアップ)

フィンチ      …升田智美

エミリア         …うちだちひろ

ノエル        …斉藤有希 (@emotion)

 

ドライファッフェル  …國崎馨

シュピーゲル      …鈴木絵里加(DruCi)

 

トルトューガ     …青木清四郎(カプセル兵団)

アラーニャ     …宮本京佳

ブルッハ        …大塚大作

ハバリ         …本多照長

 

**********************

*2

 

 

 

 

▽イントロダクション

みなさんは小さい頃、どのような子供でしたか?

 

給食をたくさん食べる子、休み時間に外で駆け回る子、習い事に一生懸命だった子。

 

この物語は、図書室で、図書館で、本の世界に飛び込んで、夢中でページをめくっていた貴方へと贈りたい物語です。

 

 

同時に、「現代」を精一杯生きているあなたへ。

 

そっと寄り添うように、そっと励ますように、きっとこの物語は貴方へ。

 

貴方にとって「生きていくための灯台」は、心の中にありますか?

 

 

 

 

 

 

▽作品概要

 

1995年より脚本・演出である浅野泰徳さんの『演劇ではなく、物語の世界を届けたい』という主旨のもと活動を続け、「ノスタルジック・ファンタジー」の上演を続ける、ジャングルベル・シアターの2016年冬公演『リヒテンゲールからの招待状』。

 

本作品は、浅野泰徳さん曰く「つらい出来事があり、大事な芝居や劇団を全て終わらせようと真剣に思った時、ふいに、自分の中から、溢れ出るようにして、生まれてきた作品」であり、「誰か」に向けた作品ではなく初めて自分の為に書いた作品だったそうです。

 

さらにこれまでの劇団の作品をシリーズに分けるならば、本作品は「児童文学シリーズ」にあたり、小学校高学年の子供たちにみて欲しい作品であるといいます。しかし、私としてはそれ以上に「現代を生きる大人たち」にこそ観て欲しい作品であると断言します。

 

 

 

本作品の主人公「望月 歩(もちづき あゆむ)」は、学習教材の訪問販売・営業を職としていたが成績が奮わず、会社をクビになってしまい、同時に彼女にも振られるという不幸に見舞われます。そしてこの先、どうしていけばいいのか、道を見失いわからなくなってしまう。

 

毎日満員電車に揺られながら出社し、仕事に励むも報われず、それでも誰にも悟られないように笑顔をつくって、明るく振る舞って、頑張って、それでも拒否されて上手くいかなくて。

 

「とにかく、色んな事が苦しくて、何をやっていいのか、何をやっているのか解んなくなって…生きる、という事にすごく疲れていた時でした。消えたいな…生まれて初めてそう思いました。」(「リヒテンゲールからの招待状」上演台本より抜粋)

 

そこに、一通の葉書が主人公のもとへ届きます。それは、故郷の図書館で開催されるという同窓会のお知らせでした。主人公は同窓会への参加を決め、何故か読みかけのまま18年返し忘れていた本と共に久々に帰郷します。

 

図書館で行われるという不思議な同窓会で、主人公を待ち受けていたのは幼い頃夢中になって読み耽ったファンタジーの世界でした。いつの間にか主人公は本の世界へと迷い込んでしまうのです。

 

迷い込んだ「本」の世界。この本の中の主人公は「リヒテンゲール」というネズミです。このリヒテンゲールは、腕っぷしが強いわけでも、特別な魔法が使えるわけでもありません。ただ一つ、彼が誇れる武器は「人の言う事をなんでも信じて、絶対に嘘をつかない」ことでした。

 

リヒテンゲールとその仲間たちと行動を共にしていく中で、主人公「望月 歩」は何故1大好きだったシリーズのの最終巻であるこの本を最後まで読み切ることが出来ず、18年もの間返すことが出来なかったのか?そして、何故本の世界に迷い込んでしまったのかを知っていくこととなります。

 

児童文学シリーズ、ということだけありどこか懐かしいようなファンタジーの世界観、イノシシやクモ、ヤマネコにカメと個性豊かなキャラクター達、そして随所に挟まれる軽快な笑いどころが魅力の本作品ですが、やはり主人公「望月 歩」と本の中の主人公「リヒテンゲール」、両者の関係から織り成される児童文学らしい示唆に富んだ物語を語るべきであると思います。

 

 

 

 ※以下、劇中のセリフ引用などネタバレを含みます。

*1:ジャングルベル・シアター 2016年冬公演特別ページより抜粋

リヒテンゲールからの招待状 - DOGのBLUES/リヒテンゲールからの招待状

*2:ジャングルベル・シアター 2016年冬公演特別ページより抜粋

公演詳細&チケット予約 - DOGのBLUES/リヒテンゲールからの招待状

続きを読む

【オススメ舞台紹介】8/9~ 舞台版「ハコオンナ」/最初に脱落するのは誰だ?!予想投票

 

 

 今夏、ボードゲーム「ハコオンナ」が舞台演劇化! 

 

 

 

 

 「ハコオンナ」ってなに?

EJIN研究所より発売されているボードゲーム。ジャパニーズホラーをコンセプトにしており、パッケージに描かれている「ハコオンナ」のイラストに恐々とする人も多い一方で、ボードゲーム「ハコオンナ」の中にはこの「ハコオンナ」誕生にまつわる悲しい裏話が記載(※後述)されており、「よくみると可愛い」との声も多数。

 

 

 

公式サイトより引用: ハコオンナちゃん↓

f:id:tomorrowww:20170723164131j:plain

 

更には舞台版「ハコオンナ」の「ハコオンナ」(!)のビジュアル写真も公開されています。ハコオンナを演じる小菅さんの、見事な変身っぷりはまるで絵から抜け出してきたのような妖麗さと禍々しさ。詳しくはリンク集の「出演者ビジュアル」リンクから。

 

 

 

このボードゲーム「ハコオンナ」では、プレイヤーは怨霊の少女「ハコオンナ」1人と、ハコオンナが潜む館に閉じ込められてしまった「訪問者」最大4人までの2陣営に分かれ、訪問者チームは館の物陰に潜んでいる「ハコオンナ」に遭遇しないよう、物陰を覗いて生還に必要なアイテムを収集し、そして駆使しながら生き残りをめざしていく、という逆かくれんぼ・多対一のPvP、対戦協力脱出ホラーゲーム。ちなみにハコオンナが潜む物陰を覗いてハコオンナと出会ってしまうと、その時点でその訪問者は即ゲームオーバー。死亡し、ハコオンナの眷属、仲間であるハコビトになってしまいます。

 

ゲームバランスは圧倒的に怨霊である「ハコオンナ」が有利になっており、その理不尽な力の差の中で訪問者は、いかに知略をめぐらせ、先を読み、運を引き寄せるかが勝利への鍵であり、醍醐味の一つにもなっています。

 

 

 「ハコオンナ」が舞台化?!

そんなボードゲーム「ハコオンナ」がこの度聖地ポーカーズ魄/hackによって今夏舞台演劇化!

 

聖地ポーカーズとは、2016年1月にポーカーを題材にした演劇公演を行った他、アナログゲームと舞台演劇の融和を試み続けている団体。過去公演の信頼とその実績は間違いありません!

 

日時:2017年8月9日(水)~8月13日(日) 全9公演 

場所:築地本願寺ブディストホールにて。

鋭意稽古中とのこと。

 

ゲームの重要な要素である、訪問者が訪れるたびに間取りの変わる館、ハコオンナの特殊(理不尽ともいう)な能力、訪問者達の心強いアイテム、そして「成仏」「脱出」「討伐」といった三つのイキノコルミチ。舞台ではどのように表現されていくのでしょうか。

 

 

 来場者全員特典はボードゲーム「ハコオンナ」拡張パック!

更に!原作ボードゲーム「ハコオンナ」をお持ちの方には耳寄りな情報!

ボードゲームハコオンナを一層楽しく遊べる「ハコオンナ」拡張パック(通常5人までプレイできるハコオンナが6人でプレイできるように!)を舞台来場者みなさんにプレゼントするというオトクな特典も!

 

このボードゲーム「ハコオンナ」の拡張パックが手に入る機会は舞台版「ハコオンナ」だけ! 販売などの予定はありません!!!

 

「あぁ〜…拡張パック…」なんて後悔をしないためにもチケットの購入はお早めに!(リンク集にチケット販売サイトへのリンクあります)

 

拡張パック、詳しくは下記リンクより↓

hako.seichipokers.co

 

ボードゲーム「ハコオンナ」をお持ちでない方も、訪問者トークン(ゲームで用いる人型のコマのこと)がストラップになっているので来場の記念品としてお持ち帰りいただけるようになっています。

 

 

と、いうものの、ボードゲーム「ハコオンナ」をプレイしたことがない人も楽しめるような物語・構成になっているそうなので、「気になるけどやったことないし…」といった「ハコオンナ」をよく知らない方にも安心してご観劇いただけるようです。

 

(7/28追記)舞台版「ハコオンナ」の来場者特典である拡張パックの詳細ルール公開!

 来場者特典である拡張パックの詳細ルールが公開になりました!

舞台版「ハコオンナ」のネタバレを含みますので、言及は避けますが「正体隠匿要素を持った第三陣営」の様子。この拡張ルール、舞台版「ハコオンナ」とリンクしているような…?

詳しくは下記リンクから!↓

hako.seichipokers.com

 

 

 じゃあ舞台版「ハコオンナ」ってどんな話になるの?

わかりません。(笑)

ただし、公式サイトでは「舞台観劇が不安な方にイメージをもっていただけるように」、と舞台版「ハコオンナ」のあらすじ・更には舞台美術(セット)のイメージ案が先行公開されています。↓

hako.seichipokers.com

 

プロデューサーノートの方には、原作ボードゲーム「ハコオンナ」に封入されている、「ハコオンナ用ストーリー」「訪問者用ストーリー」も記載されていますので、舞台観劇をお考えの方は併せて読んでおくと面白さ倍増かもしれません。↓

hako.seichipokers.com

 

 化け物・怨霊だと忌避されている「ハコオンナ」にも悲しい過去があったのですね…。

舞台版「ハコオンナ」では訪問者・ハコオンナはどのようなストーリーになっているのでしょうか。

 


「訪問者」たちの運命は?
「ハコオンナ」とは一体?

 


様々な思惑や事情・謎が交錯し、絡み合っていく(であろう)舞台版「ハコオンナ」、今夏必見です。

 

 

 

 

(7/26 追記)舞台「ハコオンナ」のホラー演出について&「秘密の脱出口」シート?!

7/26に新たな情報が解禁&舞台観劇に際しての指針が公式より発表となりました!

 

  • 舞台「ハコオンナ」のホラー演出について

hako.seichipokers.com

 

 

 

 

 主演:加藤 凛太郎さんツイッターより。

 

…ということのようです。

ホラー作品だけど、ホラーが苦手な方でも(割と)見れる物語重視な演出。(原文ママ

 

ホラーと一口にいっても、「恐怖」にもさまざまなバリエーションがあり、原作ボードゲーム「ハコオンナ」持ち味である「怖さ」は脚本で表現し、いわゆるお化け屋敷的な、アトラクションチックな「ホラー」、恐怖や不安をいたずらにあおるような曲や仕掛けは極力減らす…ということでしょうか。

 

舞台版「ハコオンナ」は演劇的な「ホラー」。この部分を追求しながらも脚本・演出を担当する「榎原伊知良」さんの細かな伏線や人物描写、そしてロジカルさを堪能しつつ、演劇・舞台としてとても楽しめそうな作品になりそうでドキドキしますね!

 

 

 

更に!どうしても怖くなってしまった場合に途中退席OK!な特別座席「秘密の脱出口シート」が発売となりました!

hako.seichipokers.com

※「秘密の脱出口」とは、ボードゲーム「ハコオンナ」における訪問者プレイヤーの勝利条件の一つ「脱出」するための出口。ボードゲームのほうでは、脱出口には鍵がかかっており、館の書斎にある金庫を開け「鍵束」を入手する必要がありますが、舞台「ハコオンナ」では鍵を入手する必要はありません。(そりゃそうだ)

 

 

最後列の出口付近6席を「秘密の脱出口シート」として「スタンダードシート」と同じく6,000円で販売。怖がりな方にも安心してご観劇いただける座席になっているようです。福利厚生が手厚い!(?)

 

 

 

(7/28追記)更に更に!映画化決定&「面白くなかったら全額返金?!」

更に更に続報!舞台「ハコオンナ」に続けて映画化が決定!!!

 

詳細は明らかにされていませんが、どうやら舞台版「ハコオンナ」と同じく脚本を榎原伊知良さんが担当。舞台版「ハコオンナ」と世界線を共有しており、舞台版ハコオンナのアフターorビフォアの一面を担う様子。ただし、映画版の訪問者は今回の舞台版の訪問者達とは一切の関わりがなく、あくまで全く別作品だけども同じハコオンナちゃんがいる同じ世界。といったものになるようです。アナザーエピソード、と呼ぶのがふさわしいでしょうか。

 

今回抑え目にした「ホラー演出」も映画では容赦ないかも?!詳しくは↓から

hako.seichipokers.com

 

 

重ねて!なんと「面白くなかったら…全額返金!」

・出演者の中に応援してる人もいるけど、聖地ポーカーズは知らない団体だしな…。
ボードゲームのハコオンナはプレイするし、好きだけど演劇は見ないしな…。
・たまに芝居をみるけど、どうせ見るなら面白いお芝居がみたいんだよな…。

様々な理由から、観劇を躊躇されている方もおられるでしょう。そんな中聖地ポーカーズさん、踏み切られました。

 

今回、はじめて聖地ポーカーズの作品を見に来てくださった方で「面白い」と感じなかった方は終演後にロビーに僕(頭にゴーグルを付けたプロデューサー)はいますのでお伝えください。その場でチケット代を全額返金させていただきます。(以上下記リンクより引用)

 

そんなことってありますか!? 覚悟と決意の"誓約"。

その心意気を、是非劇場でご覧いただきたい!

 

ここからは一ファンとして、出演者の方々、制作の方々がここまで本気で作り上げているものを、是非、「生」でご覧いただきたい。舞台演劇が生ものだというのは、方々で耳にする言葉かと思います。目の前で、生きた人間がその場で作り上げていく。その空間と時間を共有できるエンターテイメントを、その凄さを、是非体験して頂きたい。その世界に病み付きになっている人間が何故いるかをわかっていただけるのではないかな、と思います。

 

詳細は下記リンクから!↓

 

hako.seichipokers.com

 

 舞台版ハコオンナについて:物販&DVD・DVD記念イベント情報

 舞台版ハコオンナに関しての物販情報が解禁となりました!

パンフレットはストーリーやキャラクター紹介はもちろん、主演である加藤さんとヒロインを演じる楠さんの対談などを収録。

キャラクターごとのブロマイドや舞台キービジュアルのポスター、そして聖地ポーカーズ公演ならではの「DDDisc」。

 

このDDDiscは、DDDiscのサイトにアクセスし、そこから購入したDDDiscをカメラで撮ると専用のサイトにアクセス、舞台版ハコオンナ「上映台本」など様々なコンテンツをデジタルで楽しむことが出来るという優れもの!この一枚でオフショット(追加予定)などが楽しめてしまうかも?!

詳しくは↓

hako.seichipokers.com

 

更に舞台版ハコオンナのDVD化が決定しました!収録予定日は千穐楽である13日(日)の昼夜2公演になるそうです。

 

さらにDVD発売記念として、8月13日(日)の昼公演・夜公演の間の時間である15:30より、DVD発売記念トークイベントの開催が決定!

物販でDVDを先行予約(4000円)された方を対象に、無料で開催になるようです。

 

司会に聖地ポーカーズお馴染み、早川剛史さん・程嶋しづマさん・橋本達也さん。

そしてトークゲストに加藤凛太郎さん、楠世蓮さん、田渕法明さん、野口真緒さん、益満洸輝さん、小菅怜衣さんを迎えた30分程のイベントになるようです。

 

舞台版ハコオンナのあんな話やこんな話が聞けるかも?!

更にはトークイベントの出演者の方々が「和装」で出演されるとの情報もあり、夏らしいトークイベントになりそうです!

hako.seichipokers.com

 

 DVDのお受け取りは、観劇三昧発送(別途500円の送料)、またはJELLY JELLY CAFE下北沢店・または近日OPEN予定の水道橋店での発売後お受け取り(別途料金なし)になるそうです。

hako.seichipokers.com

 

 

 

舞台初日まであと一週間。様々な情報も増え、ますます想像の膨らんでいく舞台「ハコオンナ」。どのような作品になっているのか、是非お盆、お寺で目撃されてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

 公演概要 / 公式サイト、チケット販売ページ等リンク集

 

- - - - - - - -公演概要- - - - - - - - - -

聖地ポーカーズ魄/hack 舞台版「ハコオンナ」

 

2017年8月9日(水)~8月13日(日) 

9日(水)19:00~

10日(木)14:00~ / 19:00~

11日(金)13:00~ / 18:00~

12日(土)13:00~ / 18:00~

13日(日)12:00~ / 18:00~                                   全9公演

 

チケット情報↓

・「スーパープレミアムシート」

最前列保障 お土産つき 全席指定9,500円  ※7/25時点で全公演分完売

 

・「スタンダードシート」 全席指定6,000円

 

・怖くなったらいつでも抜け出せる!「秘密の脱出口シート」

 最後列 出入り口付近6席 全席指定6,000円

 ※チケット販売サイトの券種選択画面で選択可


於:築地本願寺ブディストホール

 

【キャスト】

加藤凛太郎
楠世蓮

田渕法明

池永亜美
小菅怜衣
十三月紅夜
野口真緒
深澤恒太
益満洸輝

稲垣希
橋本達也
早川剛史
程嶋しづマ

掛川渚(YOANI1年C組)
櫻井晃平
西尾雅司

 

 

舞台公式サイトはこちら↓

hako.seichipokers.com

 

 

出演者のビジュアル写真はこちらから↓

hako.seichipokers.com

※主人公・ヒロイン、妖しさ満点のタレント(?!)霊媒師やド派手な見た目の訪問者など個性豊かな出演者ビジュアル。※7/30に各出演者の役どころの大まかな説明が公開になりました!

ブログの最後では「舞台中で最初に脱落するのは誰だ?!予想投票」を行っていますので是非ご参加いただければと思います。

 

チケット購入はこちら↓

www.confetti-web.com

 

舞台公演団体 聖地ポーカーズ公式ツイッターはこちら↓

twitter.com

 

 ボードゲーム「ハコオンナ」をやってみたい!

 なおボードゲームカフェ「JELLY JELLY CAFE下北沢店」では原作であるボードゲーム「ハコオンナ」で遊ぶイベントを定期開催中!

次回は舞台直前最後ということで2017年8月3日(木)/4日(金)の二日連続開催のようです!

両日ともに19:30~となっています。先述の通り、舞台そのものは、ハコオンナをやったことがない人でも楽しめるように作っている、とのことでしたが、舞台を観る前に予習などいかかでしょうか。

 

イベントでは、ボードゲーム「ハコオンナ」の作者である江神さんが毎回いらっしゃり、毎回初めての方にゲームの説明をしてからゲームを始めていますので、ハコオンナ未経験の方、ボードゲームをやったことがない方でも安心してご参加いただけます。もっといえば、毎回半数ほどが初めての方のようです。

 

イベント参加には、事前に特設ページでのイベント参加表明が必要となっています。

 

8/3(木)のハコオンナNIGHT参加表明はこちらから!↓

boardgamershigh.com

 

8/4(金)のハコオンナNIGHTの参加表明はこちらから!↓

boardgamershigh.com

 

「直前まで予定がわからない…」という方も、参加人数に余裕がある場合、イベント直前での参加表明も可能なようです。(おそらく)

 

イベント当日は18:00~の入店が可能で、同じくハコオンナNIGHTに参加される初対面の方々で、イベント開始時刻までボードゲームに興じている方も。

 

舞台版「ハコオンナ」直前!前夜祭の意味もかねて盛り上がること間違いなし!(多分)ぜひご参加されてはいかがでしょうか。

 

 

 

 

 

  舞台版「ハコオンナ」最初の脱落者 予想投票!

そしてそんな舞台版「ハコオンナ」で、最初に脱落(死亡)するのは誰だ?! あなたの予想をお聞かせください!

 

 

※「ハコオンナ」と「語り部」を除く訪問者15名が対象。
※劇中で最初に脱落(死亡)する「描写」や「言及」があった人が最初の脱落者とします。
※役名の前についている無責任な煽り文句は製作者の独断と偏見に基づく勝手なものです。